やさしく解説:ジアリールエテン × 過渡吸収分光(Transient Absorption)—3本の論文から
作成日:2025-10-16 / 対象:一般向け解説
まずは1分で
- 過渡吸収分光(TA)は、“超高速の出来事”を写真の連写のように追いかける手法。フェムト秒(10⁻¹⁵秒)〜マイクロ秒(10⁻6秒)で起こる励起・エネルギー移動・電子移動・構造変化を観測できます。
- ジアリールエテン(DAE)は光で開く/閉じる分子スイッチ。TAを使うと、開↔閉のスイッチングの瞬間に何が起きているかを時間順に可視化できます。
- ここでは、(1) 高次励起状態を狙い撃ちした“二色二光子”制御, (2) アップコンバージョン(TTA-UC)を光でON/OFF, (3) 反対色を使う“ネガティブ・フォトクロミズム”の発光スイッチの3本を、一般向けにやさしく解説します。 fileciteturn21file0
1) “二色二光子”で高次励起を叩くと、量子収率が50–90%に跳ね上がる(J. Am. Chem. Soc., 2017)
どんな研究?
- 可視光の1パルスで閉環体の1B状態を作り、200 fsで2A状態に内部転換→3 psで幾何緩和→12 psで円錐交差へという反応の道筋をTAで可視化。
- 2パルス目(色違い・時間差)の二色二光子励起で、緩和後の2A状態をさらに**高次励起(Sₙ)**へ押し上げると、開環(シクロリバージョン)の量子収率が約50–90%に大幅アップ。
- 意味:「どの瞬間に、どの状態を叩くか」を時間分解で見極めて最短ルートでスイッチさせる“時間選択化学”。
やさしい解説
**高速連写でフォーム(分子の姿勢)を確認→ベストタイミングで合図(2パルス目)**を出すと、動き(反応)が一気に決まるという話です。
参考(DOI)
Sotome et al., J. Am. Chem. Soc. 139 (2017) 17159–17167. DOI: 10.1021/jacs.7b09763 fileciteturn21file0
2) TTAアップコンバージョンを光でON/OFFする仕掛けをTAで読み解く(J. Phys. Chem. A, 2015)
どんな研究?
- 9,10-ジフェニルアントラセン(DPA)×2とジチエニルエテン(DTE)×1の三量体を合成。DTEの開/閉で、DPAの上方変換(TTA-UC)発光をON(Φ_UC=1.2%)/OFF(ほぼ0)。
- TAで、ON/OFFのからくり(FRETの起動、分子内電子移動, 光励起後の分子間三重項エネルギー移動の阻害など3経路)を実測・分離。
- 意味:“どれが効いて発光が止まるのか”を時間順に切り分け、設計指針(距離・エネルギー準位・波長)が得られる。
やさしい解説
水道の元栓(DTE)を閉じると、3つのバルブ(エネルギー移動・電子移動・三重項移動)が同時に締まって、水(光)が出なくなるイメージ。
参考(DOI)
Xu et al., J. Phys. Chem. A 119 (2015) 468–481. DOI: 10.1021/jp5111828 fileciteturn21file0
3) ネガティブ・フォトクロミズムで**“消灯→点灯”**する発光スイッチ(J. Am. Chem. Soc., 2019)
どんな研究?
- 青緑の蛍光体(ナフタルイミド)にイミダゾール二量体の負の(反対色)フォトクロミズムを組み合わせ、照射後に吸収が青方(短波長)シフトする性質を利用。
- 初期の有色体ではFRETで蛍光が強く消光(Φ_f=0.01)、“照射後の一時的な異性体”では蛍光量子収率が0.75へ大幅アップ。
- TAと発光計測で、“消えていた蛍光を一時的に点ける”メカニズムを時間分解で裏付け。
- 意味:“暗→明”のトリガーを可逆に作れるため、光プローブやイメージングに好適。
やさしい解説
**“一瞬だけ電気が通る回路”**のように、光の合図で蛍光がパッと点き、しばらくすると自然に元に戻る仕組みです。
参考(DOI)
Mutoh et al., J. Am. Chem. Soc. 141 (2019) 5650–5654. DOI: 10.1021/jacs.9b01870 fileciteturn21file0
使いどころのコツ(一般向けまとめ)
- タイミング設計が命:200 fs→3 ps→12 psの**“時間地図”**が分かると、どの瞬間に、どの光(色/強度/遅延)を当てるかを最適化できる。
- ON/OFFは“複合要因”で起きる:エネルギー移動・電子移動・三重項移動など、複数の蛇口をTAで一本ずつ点検して設計へ反映。
- ネガフォト×発光は**“暗所で点灯”に強い:バックグラウンドを抑えて信号を立たせる応用(イメージング、暗号インク)に有望。
よくある質問(FAQ)
Q. 過渡吸収は何が見えるの?
A. “いつ・どこにエネルギーがあるか”が分かります。励起直後の一瞬の状態やエネルギーの流れを吸収の変化として記録します。
Q. なぜフェムト秒が必要?
A. 分子の形直しや電子の移動は兆分の1秒レベルで進むから。普通の分光では混ざって見える現象を分離できます。
Q. 装置が難しそう…
A. 確かにレーザーの同期・遅延制御が必要ですが、見返りは大きいです。スイッチ設計の地図が手に入ります。
出典(本文は下記3本をベースに一般向けに再構成)
- Sotome, H. et al., “Two-color, Two-Photon Gating of Cycloreversion in Diarylethene,” J. Am. Chem. Soc. 139 (2017) 17159–17167. DOI: 10.1021/jacs.7b09763 fileciteturn21file0
- Xu, K.-J. et al., “Photoswitching TTA Upconversion with DTE: TA Evidence,” J. Phys. Chem. A 119 (2015) 468–481. DOI: 10.1021/jp5111828 fileciteturn21file0
- Mutoh, K. et al., “Turn-On Fluorescence via Negative Photochromism,” J. Am. Chem. Soc. 141 (2019) 5650–5654. DOI: 10.1021/jacs.9b01870 fileciteturn21file0

